(11)少しずつ落ち着いていく日常
投薬が始まってから1ヵ月余り、少しずつ私は外に出ることができるようになった。
それにはきっかけがあった。
娘の友人のお母さんで、美容師をやっている人が私の様子を見に来てくれた。
髪は伸び放題、身なりを整えていない私を見て彼女は驚いた。そして私の手を引っ張るなり、彼女は私を自分の車に乗せた。
「外出が怖い」
と訴える私を助手席に乗せて、彼女は私を自分の店に連れて行った。
「めまいがする」
と言うと、
「椅子を倒すから横になっておきなさい」
と彼女は私を身体ごと動かしながら、髪をカットしてくれた。
髪の手入れが終わり鏡の中の自分を見て私は驚いた。
先ほどまで病人のような様子だった私が、さっぱりとした雰囲気に変わっていた。
「ほら、できたやろ!」
彼女は私の目を覗き込んで(しっかりしなさい)と言っているようだった。
髪を整えることができたことで、私に小さな自信が芽生えた。
以後もそんな調子で、私は彼女の世話になった。
彼女が髪をきれいにしてくれることで、私は身なりを整えるようになった。
私が途中で発作を起こそうが何を言おうが、彼女はいつも強引に私の髪の手入れをしてくれた。
彼女が私に立ち直りの1段階目のステップを登らせてくれた。
この彼女だが、私はずっと甘えられるものと思い込んでいた。ところが、いつも「具合が悪いと」言っている私より先に亡くなってしまった。
心不全だった。49歳の若さで彼女はこの世を去った。
彼女に対する感謝を、私は忘れない。